桐生タイムスに書いたエッセーを紹介①

「すべてはあの日とつながっている」~動きのはじまり~

「あなたは色々な人に頼られて生きてきたね」と言われたことがあります。

頼られて生きてきたとは思っていませんでしたが、私は人に甘える頼るということが苦手で、誰かに頼られるほうが自分の存在意味が持てるような感覚はあったかもしれません。

私は、父、母、一つ下の弟、七つ下の妹の5人家族です。

一つ下の弟は心臓が悪く入院生活で母は弟に付きっ切りでした。

私の幼少時は父や祖母と過ごす日々で、弟のお見舞いに行くと窓ガラス越しに「がんばれー」と弟に声を掛けた記憶があります。

弟が三歳になると自宅で過ごせるようになり、中学生になると病気はすっかり良くなりました。医者から「もう大丈夫でしょう」と言われるまで、弟、父、母は不安な日々だったと思います。

私が小学1年生になると妹が生まれました。とても嬉しかったですが、母は妹に付きっ切りで、私は弟と過ごすことが多かったです。

弟は水を怖がりプールやお風呂を嫌がりました。そんな弟を両親は理解できずよく叱り、叱られて泣く弟をみて、私はどうしたら水への恐怖を克服しプールやお風呂に入れるようになるだろうかと考えました。私がとった行動は、一緒にお風呂に入り水は怖くないと教え、特に頭を洗う時はタオルを両手で顔に押し当て前屈みになり、顔に水がかからないように、耳に水が入らないようにゆっくり頭から水を掛け、少しでも嫌な感じがしたら言うよう伝え、弟が水を怖がらなくなるまで私は続けました。弟は水への恐怖を克服し一人でお風呂やプールに入れるようになりました。

両親は自宅にいることが少なかったので、姉妹で留守番をすることが多く、妹は母がいないと泣いて大変でした。あやしても泣き止まない妹といるのは悲しく私も泣きたかったことを覚えています。

弟、妹思いの姉というのは小学生まででした。私は中学生になるとイラつき、反抗期が始まりました。

今考えると、反抗期というのは自分を自分でイラつかせ、かまわないでと振る舞いながらも本当はかまって欲しいという矛盾した行動で可笑しなものです。

両親への甘え方が分からない自分をアピールしていたのかもしれません。

つづく

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